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zoom RSS 強さの先にあるもの

<<   作成日時 : 2006/05/22 01:05   >>

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格闘ゲーマーに対する問いの中で最もシビアなのは、「君はなぜ格闘ゲームをそんなにやり続けるの?」だと思います。これに対して満足いく答えを持った人はまずいません。

なんでも、人間は他人からの注目を浴びることが本能的に快感であるそうですが、大会などの舞台で観衆に注目されたいからやるんでしょうか。では、闘劇HP(http://www.tougeki.com/)のように自分の姿が全世界に晒されれば満足するんでしょうかね。恐らく、その結果に至ったところで何も得るものはありません(悪いけど、あの更新の仕方じゃ指名手配みたいに見えて困りますね)。

それなら、何十連勝として記録を作りたいとかでしょうか。これもまた同様に何の意味もありません。初心者を延々と狩り続けても、それなりの相手を倒し続けても、反対側から自分でお金を入れてトレーニングモードの代わりにして連勝数を増やしても結局、その後に得られるものは何もありません。スコアランキングに残った○○winsは電源が抜かれたら即座に消えます。自分の中にただ何連勝したという記憶が残るだけです。それ以上でも以下でもありません。そういえば、連勝記録を持っている人ほど、後になって「全く意味のないものだった」と話してますね。

となると、目標とする誰かを倒したいとかでしょうか。動機としてはよくあることですが、こんなのもどうせ、自分の総プレイ時間がその相手を上回ったら自動的に達成されます。センスとか要領とか持ち出す人が時々いますけど、僕の知る限りでは、強豪プレイヤーとして名を馳せた人(これも変な言い方ですね)は誰でも、多くのものを犠牲にして他人よりも圧倒的に長いプレイ時間を確保していました。自分自身も、ありえない量の時間をゲームに費やしたと思っています。小学校のときに、クラスの友達がドラクエでやれLvいくつになった、どの町まで進んだとか言ってるのを聞いて悔しさを感じ、その友達を追い抜かすために学校をサボり、必死こいてレベル上げをするようなことと大差ありません。言うまでもなく、この目的が達成されたところで、得られるものはゼロです。それどころか、かけがえのないものを失うことになります。

他にもあるかもしれませんが、どれもこれもくだらない目的で、達成したって何も得られません。やってるときは何かが得られそうな気がしても、絶対に何も得られません。もちろん、僕自身も、何も得られませんでした。本当になんでこんなものにはまったんでしょうかね。やっぱり、何かストレスから逃れたかったのかもしれません。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
趣味はその時が楽しければいいと思います
後から時間の無駄だったとか、無駄な出費だと思うのは負け組です

趣味は元々余った時間とお金でやるものなわけで、
それ以上の時間とお金を使った時点で、自分は我慢のできないダメ人間だってことがわかるはずです
それを趣味のせいにして、真剣にやってる人をかっこ悪いみたいな言い方をするのはどうなんでしょうか

格闘ゲームを必死に練習するのも、映画を最後まで寝ずに見るのも、傍から見れば同じことなんです
メタルスライム
2006/05/24 21:50
>メタルスライムさん
ご意見ありがとうございます。

まさに格ゲーなんかに必要以上の時間と金を使ってた自分はダメ人間であったということを書いています。真剣にやった結果、クソほども得られるものがないことがよくわかったということです。

何も、現在進行形でゲームを真剣にやってらっしゃる方のところに行って、冷や水を浴びせているわけではないですし、僕が非難している対象はかつての僕自身ですから、言い方に関しては何も問題ないでしょう。

お言葉ですが、メタルスライムさんにとってはゲームの練習と映画鑑賞が同じだそうですけど、普通はそんなことないと思いますよ。同じなのは一晩の時間を過ごしたということだけで、得られるアイディアや話題としての価値はまるで違うんじゃないでしょうかね。
エキタイ
2006/05/24 22:34
映画1本観る(約2時間)のと、格闘ゲームを2時間プレイすることが同列だと思えません。

2時間という時間の使い方は傍から見れば同じですが、その2時間で得られることはまるで違うと思います。

2時間の格闘ゲームから得られるモノはその格闘ゲームでしか使えないことがほとんどです。

映画だったら、どんな人にも気兼ねなく話せる話題になりますし、感受性を育むこともできます。

その映画が歴史モノでしたら、映画を通じて歴史を知るということやその歴史を勉強してみたいというきっかけになるかもしれません。
おち
2006/05/24 22:59

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