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<<   作成日時 : 2006/05/27 22:13   >>

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ここの文章はほとんど全て、僕が持っている、もしくは持っていたゲームに逃避する気持ちや、それに類するものについて書いたものです。反省文や懺悔録と似ています。

つい何日か前も親がこんなことを言い出しました。「あのときみんなが持ってるからってファミコンを買い与えたのが間違いだった」。いつものことなので僕はこう言い返しました。「それがアンタの教育方針だったのだから諦めろ。幼児を律することさえできなかった自分を恨め」。

親に対してなんて物言いだと思われる方もいるかもしれませんが、なんてことない日常の会話です。ただ、自分で言うのもなんですけど、一理あると思います。親からすれば、ゲームを買い与えれば手間が省けるのではないかとその状況に甘えたのかもしれません。往々にして、ゲーム(ビデオゲーム一般)と甘えは結びついていると僕は考えてます。

ゲームのせいでどうかなったのか、何か別の原因があってゲームに逃げ込んだ(はたまた、そこまでで踏みとどまれた)のかはよく検証する必要があります。友人の中に多くいるのが、浪人中にゲームにそれまで以上にはまり、成績が下降した(伸ばせなかった)という類です。受験や留年などと置き換えてもある程度成り立つでしょうね。では、ゲームと成績低下に本当に因果関係があるんでしょうか。相関はありますけど、因果関係があるとは考えづらいです。やはり、行き詰ったからこそ甘えてゲームに逃げたと考える方が自然です。浪人や留年したからこそ余計にゲームに熱を上げてしまったということです。悪い意味での癒しと言えるかもしれません。

人がなぜゲームにはまるのか(自分がなぜゲームにはまったのか)考えてみると、「楽しいから」だけではなかったことが次第に明らかになります。で、その「楽しさ」も小説などから得られるものとは違い、極めて原初的な快だったと今では分かりつつあります(僕の場合は)。同じ失敗はもう犯さないようにしなくてはなりません。

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