続Super Game Page ―悪徳の栄え―

アクセスカウンタ

zoom RSS 剣道熟練者の声(脱線)

<<   作成日時 : 2006/06/15 01:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 6

先日、勝負について書いた際に、僕の無知を露呈してしまいました。そのため、あんな風に終わらせてしまってはいけないと思い、身近に一人いる熟練者の方に3点尋ねてみました(僕の親くらいの年齢の方です)。

この方は柳生新影流にかなり精通していて、理論も実践もかなりのレベルに達しています。よって、信頼できるはずです。質問とその回答を掲載します。

一、柳生の精神について。主に相対する際のこと。歴史的背景なども。

柳生の太刀は陰の太刀(柳生新「陰」流の所以です)であって、相手を切り出させるようにして、それに応じて勝つことが要点です。しかし、これは剣道(ここで言う「剣道」というのは、いわゆる「現代剣道」のことです)でも4段くらいからの技となります。いずれにしろ、相手を動かすわけで、かなり難しいです。これが剣道でも最も難しいところで、柳生の現在の技は、それを単純化しすぎているとも言えます。いわば、型だからです。型は所詮型なので、実践による剣道から体得しなければなりません。柳生をやっている人も、剣道を併せてやっている人とそうでない人とでは、天と地ほどの開きがあります。

古流の型は、剣の理を教えているにすぎません。実践(つまり現代剣道)から学ぶのが一番早道であると考えています。それから付け加えると、柳生の技の究極は、無刀取りとなります。すなわち、合気道です。しかし、合気道をはじめるには、剣の基本ができていないとだめなのです。剣の基本はすぶり1万回といわれています。量が質に転化するのが1万回であるということです。


二、剣道一般における敵愾心や殺意の位置づけについて。殺し合いとの関連なども。

剣術は本来「いくさ」に使われるものだったのですが、「剣道」という「道」になることによって、精神的なものを探求するいわば哲学に変化しました。殺意のある剣は弱いです。こちらが無心とならなければ、相手に勝つことはできません。現代の剣道は、剣の修練による人格形成にあるといわれている所以です。もう一ついえば、剣道において「溜め」が必要と言われます。これは打ちたいところを我慢することです。そうして、相手が斬りだそうとしたところを、ためらわず、真中心を一気に打ちます。


三、実際に試合に臨むときの心構え、試合中の心持、試合後の反省などについて。

試合に臨むときには無心で望むこと。邪念、懼れ、殺意などが入ると、かならず技が乱れ、負けます。


ここまでが質問と回答です。これは剣道に関してのブログではないので、あくまで補足以上のものではありません。ただ、敵愾心みたいなものや実践を重視する流派もあることにはあるのだそうです(柳生の場合は江戸と尾張に分かれて、尾張柳生流にはこういう要素があったらしいのですが、結局廃れてしまったのだとか)。

こうしてみるとやっぱり格ゲーってちゃちいなあって思います。なんか意地でも「ゲーム」とか「格ゲー」という単語を出してるような気がしてみっともなくもありますけど、お約束ということで。

参考:
「ひろぶろ」よりTV番組で組まれた塩田剛三特集
http://www.hiroburo.com/archives/50210883.html

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
なんだか私のほうが恥ずかしいですね。少し言い訳させて下さい。

勿論殺意を持って望む事は邪念である事は百も承知
です。精神を高める為の武道である事も理解しています。

殺す気でやる=負けは死を意味する
といった意味合いで前回は書かせていただきました。負けたら死ぬということを考えつつ試合する事で、その一瞬の大切さ、厳しさを体感する事が大事なのではないか?ということでした。
無心で試合に臨むなんていつになったらできることやら・・・

見苦しい文章失礼しました。
煙突
2006/06/15 06:04
>煙突さん
煙突さんや名無しさんのおかげで、こういう話を聞くことができましたのでまずはお礼を申し上げます。

この無心という境地はなかなか難しいみたいですね。「○○する気」というのも迷いの中に入るでしょうし、どういうことなのか僕には想像がつきません。

そういえば、ある記事に、深海に潜るダイバーや陸上のアスリートにとっては迷いや不安は大敵で、実際、迷っている最中は脳内での酸素などの消費量も多くなるという科学的データがあるとあったことを記憶しています。無心はこういうことなんでしょうか。知れば知るほど武道をやりたかったなと思います。
エキタイ
2006/06/15 06:12
どことは言えないのですが,昔地元で○○流抜刀術と現代剣道を16年ほど学んでいたことがあります.
ここでも後継者争いでドロップアウトしましたがwwwww

剣の道に関しては液体君の指摘してくれた通りでよいでしょう.

なお中学高校程度(2段まで)のレベルだと無心の境地ではなく,相手を崩すための戦法や手段を考えることが主になります.試合に勝つという卑近な目標を達成するには仕方のないところですね.

ただ剣「道」というくらいですから,僕も精神的なことは幼いときにかなり叩き込まれました.とくに武術の型では,その流派の精神を型であらわさないといけないですから.

うちの師匠は「うちの流派では天地人の理は円と直線によって成す」と口癖のように言ってました.その円と直線の動きを意識せずにできるようになるまで8年くらいかかりました.

そういう理想的な動きを特に意識せずに行えるところに「無心」が存在するのかもしれません.

と〆切間際に書き込んでしまったwww
また連絡します.
かやまん
2006/06/15 16:13
>かやまん先生
フォローありがとうございます。おかげで、よりよく精神面の発達(と言っていいかはわかりませんが)について理解できました。

折りしも文藝春秋の7月号(今月発売)に「古武道と文学」と題した剣道に関する特集がありました。もし先生もお読みになってたら感想をお聞かせ下さい。
エキタイ
2006/06/15 18:34
>知れば知るほど武道をやりたかったなと思います。
⇒魅力を感じたのならば今からでも始めたらいいのではないのかな?
それとも何かやれない理由でもあるのですか?
このブログではゲームプレイによる機会損失を非常に後悔されているように感じましたが、
これを終わらせなければ先へ進めないのでしょうか?
人によって価値観は様々、そこに他人の介入する余地はないのですが・・・。
過去の反省をし、これからの人生を充足させる為にどんな行動をしているのか、もしよろしければ教えて頂きたく思います。
エンロウ
2006/06/15 23:46
>エンロウさん
はじめまして。ちょっとそういった余裕が僕には残されてなくて、寄り道(そう思いたくはないけど仕方ない)をすることはできないのです。

こう言うのもなんですが、反省しているわけでもなく、意識して何かやっているわけでもないのでややお答えに困ります。強いて言うなら、今しかできなくて、なおかつ、自分にとって価値があると思えることを好き放題やってるといった感じです。
エキタイ
2006/06/15 23:57

コメントする help

ニックネーム
本 文
剣道熟練者の声(脱線) 続Super Game Page ―悪徳の栄え―/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる