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zoom RSS 硫黄島&歴史&靖国神社

<<   作成日時 : 2006/08/07 23:48   >>

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8月7日のNHKスペシャルで、硫黄島特集をやってました。僕は、この硫黄島に対して並々ならぬ思い入れを持っていて、以前も、このことについて書評を交えた記事を書きました。僕からすると、今の日本が存在してることを考える上で、硫黄島は最も無視できない存在に思えるのです。

再放送があるとは思いますが、見逃した方のために、関連する書籍を挙げておきます。同時に、亡くなられた方々の冥福をお祈り申し上げます。

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なんといいますかね、僕の感性からは、これが芸術の世界の出来事のように思えてしまうんですよ。あまりにも理解を超えすぎていて、追いつけません。しかし、僕よりも更に若いくらいの人までもが、あの洞穴陣地を掘り、ゲリラとして潜み、敵兵から食料や武器弾薬を奪いながら戦い、時には、超高空から零戦で爆撃機に体当たりなどをし、凄まじい戦いを繰り広げたというのは、紛れもない事実です。このことが忘れ去られるのだけは、どうにも見過ごせません。やや拡大すると、この島があったからこそ本土決戦が防がれたとも考えられるわけで(実状はさておき、日本全土がこんな風になっているとしたら、絶対に上陸作戦は行わないでしょう)、それは、今の日本の繁栄と本当に直結してるはずなんです。歴史って、こういうポイントごとに、身近なところから遡って考える必要があると、個人的には思います。だって、自分のルーツを知るにしたって、まずは親兄弟を知り、そこから遡っていきますよね?最初に日本に来た移民のように、抽象的、神話的な存在から入るのだとしたら、聖書のごとき宗教と何ら変わりません。歴史教育も、本来ならば、このような順序であるべきでしょう。コロコロと学説が変化する石器時代から入ったら、いわゆるプロ市民の方々が非難する、戦前の皇国史観教育と一緒ですよ(古事記や日本の神話を知ることは何も悪くないはずなんですけど、自分が非難するものと同じことをやっているという点で、言行の不一致があります)。

理解を超えすぎているため、話が飛躍してしまいました。「あれは、人間の耐久試験だった」という談話を、この特集で聞いて思いました。人間、ここまで出来るということと、出来るわけがないことをやってのけた人が大勢いたゆえに、今の自分があるんですよね。1秒たりとも無駄にはできないなって思います。全く、子供の感想文レベルのことしか言えません。

ここで、靖国神社の分祀について少し(あくまで、僕の個人的な考えですよ)。あの、分祀ってのは原理的におかしいんですよ。日本人の宗教観、死者に対して思いを馳せるという意味での広義の宗教観から考えると、全く無理な話なんです。考えてみたらわかります。例えば、墓で先祖に手を合わせるとき、「先祖の誰々は犯罪者だったから、それは取り除いて祈る」とか、「祖父には悪い面もあったが、それは分離して祈る」とか、ありえませんよ。これは、日本で、一般的に、分骨が忌避されていることからも分かります。ある意味で、何でも分割可能だと見做す、科学的かつ分析的な概念って、日本に入ってきてからは、まだまだほんのごく僅かしか経っていないんです。やっぱり、「色々良いこと悪いことあったけど、死んだんだからひっくるめて祈りましょう」というのが自然です。これが、靖国神社の言う、「たとえ分離しようにも、蝋燭の火と一緒で、大本は残り続ける」ということだと思います。僕には、靖国神社の何がどう問題なのか全く理解できません(細かいところでは、確かにねじれがありますが、全体としては天皇も靖国も極めて自然的な要請から存在していると思います)。

大体、A級戦犯にしたって、「平和に対する罪(戦争を企てた罪)」というのもおかしな話です。アメリカの方が、民間人を無差別に殺傷するなど、よほどこの罪に該当します。平和がいかなるものなのか、極めてあいまいなのです。宣戦布告の罪も同様で、あの時代において、どの国の誰が戦争を仕掛けたかを考えたところで、答えは出るわけがないんです。それに、あれは、サンフランシスコ講和条約の埒内でのことですから、批准していない中国朝鮮(戦争した中国は中華民国な上に、朝鮮は日本だったんですからね)がどうこう言うというのも、一国民の感情レベルならまだしも、政府間においては完全にありえない話です。また、国内においても、日本は十分に民主主義であり、あの東條英機だって、「東條さん」と慕われていた事実があります。それに、彼は、本当のところは、悪い面もあるにせよ、天皇制という国体のための犠牲になった側面もあるんです(天皇のいない日本って、歴史を振り返ったとき、ありえないんですよ)。もちろん、指導者としての責任はあるに決まってますが、死んだ以上、良いも悪いも全部ひっくるめて今の日本の礎になったと考えるのが自然です(錯綜した話になって申し訳ないため、これはここで終わりにします)。

こういうことを言うと、僕の爆笑問題に対しての物言いと矛盾するんじゃないかと思われる人もいることでしょうけど、これは違うんです。生きて看板を掲げている人は、その看板に恥ずかしくない行動をすべきだとは思いますが(だからこそ、お笑い芸人の看板で政治に対して直接的な物言いをする態度が嫌いなんです)、死んだら別です。僕だって、「良くも悪くも爆笑問題は印象的で面白かった」と言います。A級戦犯とこれを一緒にするのは、いささかおかしな話ではあるにしろ、死生観ってのは、基本的には、公平なものです。このあたり、どうも「科学的な思考」とやらに呑み込まれて、それに負けてる人が多すぎやしませんかね。科学には、扱いうるものと、そうでないものがあるんです。死生観なんてのは、その代表例です。どういうわけか、教育において、本当に大事なことがスッポリ抜け落ちてるような気がします。どうにかするために、微力を尽くしたいものです。


補足:
日本は、極東軍事裁判の判決を受け入れてはいますが、その正当性を全面的に認めてはいません。よく誤解されますけど、これって大事なことなんですよ。ここで、あの正当性を認めてしまったら終わりなんです。国の存在理由に関わる問題です。だからこそ、ここ最近になって「東京裁判史観」という単語が脚光を浴び始めているのです。判決を仕方なしに受け入れることと、裁判全体を認めることは別です。同じに思われるかもしれませんけど、別問題です(少なくとも、僕は、その立場を選びます)。

参考:
硫黄島 玉砕戦 〜生還者 61年目の証言〜(8月24日に再放送があります)
http://www.nhk.or.jp/special/onair/060807.html

クリティカルな質問
http://liquidmetal.at.webry.info/200607/article_4.html

勝負について
http://liquidmetal.at.webry.info/200606/article_12.html

歴史とゲーム
http://liquidmetal.at.webry.info/200606/article_33.html

A級戦犯(Wikipediaより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AF

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