続Super Game Page ―悪徳の栄え―

アクセスカウンタ

zoom RSS 覗きの本質

<<   作成日時 : 2006/08/05 13:04   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

寺山修司と関連させて、「覗き」について書いてみます。前にも、「自分にはスコプトフィリア的傾向があるやもしれぬ」って書きましたしね。

端的に言うと、最高の覗きってのは同化の一歩寸前です。構成員であっても、他者であってもいけません。そこに完全に溶け込んでいながら覗きの意思を持つ、と言えば、多少は分かりやすくなるでしょうか。ごく具体的な例だと、家庭教師などは、ある意味では、家庭の覗き魔としては最高の形態です。同時に、究極の覗きを目指すならば、「覗いていたんですよ」と言ってさえも、相手にはそう思わせないことが必要です。この点に関して考えてみると、僕は、この、家庭の覗き魔として成功を収めたと言えます(就職活動でも同様のことを為しました)。寺山修司のように、逮捕されて自分を縛ることになるなんてのはバカもいいところですよ。しかし、もし、これが留置場の生活、覗き魔として逮捕された犯罪者の生活を覗き見るために為されたことだとしたら、完璧に覗いたことになりますが、本当のところは分からないので、この点に関してあれこれ言うことは止めておきます。

他にも具体例はあります。僕からすると、格闘ゲームも今ではこういう意味合いをかなり持ってるんです。分かります?僕は「覗き」、格闘ゲーマー様方は「覗かれた」んですよ。格闘ゲーマーとやらの生活とその精神をね。この際に大事なのは、覗かれてるという意識を相手に持たせないことです。強すぎる分には問題ないかもしれませんが、あまりに強くなりすぎると、ちょっと吹いただけで相手が吹っ飛んでいってまるで目的を達成できません(これを何年か前に経験しました)。かといって、弱すぎてもダメなんです。連中は、「パンピーとは対戦しない」と言って拒絶してしまいます(僕も同じこと言いますけどね)。ゆえに、この目的を完遂するためには、最も適切な強さを持つ必要があるんです。そして、僕はそれを持って覗きを完遂し、同時に、脳を休めるという別の目的をも成し遂げることができたのです(思っていた通りのことを確認しただけで、大した興奮が無かったのだけは残念)。どこまで分かってるのか知りませんが、「結局ゲームから抜け出せないのか。もう言ってる事が滅茶苦茶じゃないか・・・まあソレが面白いんだが。やっぱかわいそ過ぎるな」(原文ママ)なんて言われると、僕は自分の勝利にほくそえむのです。

こういうことを繰り返していくうちに、秘匿こそが全ての本質だと気付くようになってきます(それでも、秘匿していることを絶対に見せてはならず、その秘匿がおぼろげに仄めかされるのみ)。それにしても、幼児の「かくれんぼ」ってのは本当に大事ですよ。人間は、「プロのかくれんぼプレイヤー」として一生を終えるのが最も良いんじゃないでしょうか。僕はそれを目的としています。ここで言っちゃったらしょうがないんですがね。探す楽しみだけを与えて、求めるところへと旅立って行けたら最高です。全く、これじゃ、『好色一代男』とか『高丘親王航海記』みたいですね。ちなみに、後者は、僕が最後に読む活字だと決めている本だったりします。

なんというか、三島さんも澁澤さんも、同じことを何処かで言ってたような気がします。絶対に言ってたはずです。言ってなかったらおかしいです。うーん、自分で気付いたはずなのに、乗せられたような気分です。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
覗きの本質 続Super Game Page ―悪徳の栄え―/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる