続Super Game Page ―悪徳の栄え―

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<<   作成日時 : 2006/10/05 23:12   >>

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紀伊国屋の書評空間で見つけた本を読みました。

思想なんかいらない生活思想なんかいらない生活
勢古 浩爾

筑摩書房 2004-06-08
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はっきり言ってハズレでした。趣旨は、「普通に生活する上で思想なんて不要。インテリ特有の暗号のごとき物言いを理解したところで何の意味も無い」ってところです。随所に奇怪な文章を並べて、それを批判する形で進むのですが、そもそも、この行為自体が思想的です。普通に考えると、思想書なんて気にも留めないのが普通です。こういう本を出版する行為がよく分かりませんでした。しかも、ところどころ導入している「言葉の鉄鉱石」のような比喩が、文学かぶれの嫌らしさを醸し出していて(三島由紀夫が好きらしいから当然か)、この本の存在意義を余計に怪しくしています。どうせやるなら、思い切って小説の形式にするか、ブログとかでやれば良いと思います。

しかし、こういう本を手に取ったからには(Amazonでクリックしただけですけど)、僕も納得する部分があります。要は、言葉だけが独り歩きしてるようなものでは面白くもなんともないということです。思想なり哲学なりポリシーなり行動原理なりと、ある人間のあり方がセットになって初めて意味を持つと僕は思います。非常に極端な話、類稀な行動家なら何を言っても面白いものです。例えば、リタイアした最高裁判所のトップが『悪徳の栄え』について語ったら、どんな内容であれ面白いに決まってます。自分の行動と対照させて、自分がやることに最大の価値があると思えることをやってこそです。

惜しいのはこの箇所です(参照した書評と同じ箇所を引用します)。

「さて、すっきりしたところで一会社員から『インテリさん』たちにお願いをしておきたい。相手が素人だからといって、あまり舐めた本を書かないように。『思想家』であれ『哲学者』であれ『評論家』であれ、一皮剥げば、ただの男、ただの女であることをもっと自覚してもらいたい。もっと言えばただの俗物であることも。そうでなければかならず虚偽が入る。欺瞞が入る。演技が入り権威が入る。まあ無理だろうとは思うが」 (P.193〜194より)

ここで、その一皮剥く作業までやったら好著になったはずです。となると、必然的に、フォーカスをもっと絞って、小説の形式を取ることになります(この形式をキープすると、それはゴシップ記事と大差無くなってしまいます)。個人的には、そこまでやってもらいたいと思いました。経済に関しての論理明晰さと華々しい経歴を一皮剥いた結果、あの性癖が明らかになったことでもってエロティシズムが際立ち、植草氏が注目を集めたように、インテリさんたちを全員ミラーマンにしてやるくらいの勢いが欲しいものです。


参考:
東京大学大学院・杉原厚吉の書評ブログ
http://booklog.kinokuniya.co.jp/sugihara/archives/2006/08/post_2.html

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