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zoom RSS いじめ自殺やら

<<   作成日時 : 2006/11/25 08:19   >>

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『朝まで生テレビ』を見てたら丁度いじめ自殺に関して議論していました。

将来ある子供が自殺するというのは確かに衝撃的で、何としても防止しなければならないというのは当たり前のことです。しかし、いわゆる「いじめ自殺」の発生件数が年間で最大でも10件程度であることを見れば、いじめと自殺がストレートに結びつくことは極めて稀であることが分かります(ただ、「遠因」くらいにはなってるでしょう)。こんな状況下で自殺を防止するとなると、程度の差こそあれいじめ自体はそこらじゅうにありますから(主観的なことだけに適用範囲がどうしても広い)、敢えて喩えれば、数週間先の天気を正確に予測する業のようなものが必要になるのだと思います。これはほぼ実現不可能でしょう。また、そもそも、小学生、中学生、高校生の自殺自体が稀です(日本における自殺率を大学未満の学生に適用しても全く当てはまりません)。ことによると、外からの観察である子供の自殺の兆候を捉えて防止するのは、いじめ自体を根絶することよりも難しいのかもしれません。

ところで、自殺した子の遺書などを見ると(諸外国では公開が制限されているようです)、死後の世界や生まれ変わりや輪廻転生を肯定しているような節があることに気付きます。こう考えることで得られるメリットを宗教ではうまく使っているわけですが、実際問題、死んでも脂カスが残るだけです。また、誰が言ってたかは忘れましたけど、仮に造物主のようなものを肯定したとしても、現世が理不尽であると同様、同じ奴が造った「あの世」とやらも理不尽であると考える方が妥当です。更に酷い可能性もあります。万が一子供が死後の世界などを信じているのならば、日本では宗教の制約がほとんど無いことを活用して、こういった現実的な物の見方を早いうちに教え込んで変な憧れを消し飛ばしてやれば、自殺防止に繋げられるかもしれません。例えば、幼い子の事故死などに際して「あんな風に死んじゃったらどうなるの?」と尋ねられたら、「あの子はきっと天使になったんだ」なんて甘っちょろいことは言わずに、「残念だけど、脂カスになるだけだよ」と言ったりするよう心掛けるとかはどんなもんでしょうか。さすがに冷酷すぎると非難されるかもしれませんが、一つの手だと僕は思います。

さて、学校からいじめを根絶しないまでも減らすとしたらどんな方法があるんでしょうか。やや認知的な観点から提言しますと、中学以降から学校内では敬語しか使用してはいけないようにルール化してしまうといった方法が一つありえます(前にも同じことを書きました)。平たく言えば自制心を無理やり身につけさせるということです。なぜ敬語かというと、そのメカニズムを考えたとき、普通の日常的な言語使用よりも一段階高い認知的負荷が必要となり、いじめのごとき精神を昂ぶらせた行動が難しくなるからです。一見するとお笑いのようでもありますが、こうして他者の視線や社会の存在を内的に作っておけば、「世間の目が云々」みたいな無駄な議論をせずに済みます。もっとも、こういうことをやったところで学校外に今度はいじめが出て行くのは間違いありませんから、根本的な解決にはならないでしょうけどね。それと、衝突やら摩擦やらがあるからこそ学校生活が濃密で面白くなるということは往々にしてありますので、こういうことはそれを減殺してしまう恐れもあります。しかし、それでも、基本的にはどこまで行っても他人は他人である以上、距離を置いて敬っているように振舞うように習慣化した方が不要な問題がハッピーになれると僕は思いますので、敬語義務化をここで独り主張してみます(半分以上は冗談ですからね)。

ちなみに、敬語のようにちょっと高度なことではなしに、もうちょっと手軽なところだと、全体を出来るだけオープンにしてしまうということがありえます。例えば、参観を完全フリーにして父兄を何時でも見学させてしまうとか(監視カメラでは効果があまりありません)、少子化で空いた教室の一つを地域の老人の憩いの場にしてしまうとか、なんてのも有効かもしれません(死角をできるだけ減らすという逆のアプローチも)。

散漫になりましたのでまとめます。大方の人が言うことと一緒です。つまり、子供の自殺兆候を察知して防止することは無理だろう、ということです。出来るのは、現実的な物の見方を教えることなどでもって子供から自殺するという発想を安易に生ませづらくすることくらいだと思います。ただし、いじめに関しては、減らすためのアプローチが想定しうるのであり(僕のような偏ったものだけでなく、世の中には真っ当なものも多くあります)、その努力はすべきだと思います。

とまぁ、こんな具合です。あまり大っぴらに話されてはいませんが、「生きて成人できる子供の数を可能な限り増やす」と、やや高いところから見た場合(これじゃ酷い飢餓地域のようですけど)、子供の自殺防止のプライオリティは下げるべきだという考え方もありうるでしょうね。でも、「たかだか数人レベルのことだから誤差の範囲として無視し、原因の中にいじめが含まれると思われる自殺者が100人以上に達するまでは、通学中の交通事故防止などもっと別のことにリソースを割いてリターンを追及しよう」なんて言う人がいたら寒々しくて仕方ありません。ラディカルなところになかなか行かないのが日本の優しさなのでしょう。


補足:
非常に冷めた見方をすると、「いじめがあると自殺が起きる」は「風が吹けば桶屋が儲かる」や「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」に近いとも言えるのではないか、と僕個人は思っています。このように因果関係の認定に高度な専門性が要求されることを短絡的に「いじめ自殺」などと大々的に呼んでしまう慣習ができると、判断力の乏しい子供に、「ストレスから逃れるには自殺すれば済むんだ」と教える結果にもなりかねません(これは自殺報道後に連鎖的に自殺が起きることを見ても分かります)。メディアからすると報道したいでしょうし、遺族からすれば多くの人に悲しみや無念さを理解して貰いたいところでしょうけど、敢えて我慢して研究者に当座は任せるといった落ち着きも必要だと思います。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
でもニュースで取り上げられる学生の自殺は大抵が背景にいじめがあるものですよね。明らかにクラスの仲間がいじめについて知っているにもかかわらず止めさせなかった。というのが多い気がします。
また友人間だけでなく、学校としてもいじめを知っていても隠す傾向が強いように思われます。そして毎回当たり前のように事件後に顔をモザイクにしてインタビューをうける被害者の友人は見飽きました。

もちろんいじめだけが自殺の原因ではないですが、
いじめがわかっているのに止められないという事は
無くしていくべきだと思います。一番癪に障ったのは、あるクラスメイトを自殺に追いやったグループは反省もせず、また別の生徒にいじめを加えている
という記事を読んだときです。事の重大さが分からないのでしょうか?
ryu
2006/11/26 00:00
あとは最近は死んだ後に生き返ると思っている子供が実に多いそうです。全く信じがたい話です。

エキタイさんが言うように「残念だけどアブラカスにしかならないんだよ」と諭すのも毒の強い過激な意見ではないような気がしてしまいます。
ryu
2006/11/26 00:06
>チムニーさん
いじめなどはとかく常態となりやすいので、それに甘んじることはよくあると思います。また、止めないのは、心のどこかでそれを楽しんでいるからというのもあるかもしれません。このあたり、当事者ではないので憶測でしか語れないため、このくらいに留めておきます。

反省しないというのは、不良が「X人を病院送りにした」と誇るように、良いことをやったような意識が根付いているからかもしれませんね。それに、重大さが分かるくらいなら初めからこういうことにはならなかったとも思います。

死後に生まれ変わると信じている子がかなりいるということは、どこかの調査でも見た気がします(3割以上だったような)。早いうちから『セメント樽の中の手紙』みたいな作品を読ませて現実的な思考を培うべきだと思います。
エキタイ
2006/11/26 00:23
「たかだか数人レベルのことだから誤差の範囲として無視し、原因の中にいじめが含まれると思われる自殺者が100人以上に達するまでは、通学中の交通事故防止などもっと別のことにリソースを割いてリターンを追及しよう」
生徒が自殺するほどに悪い環境を正す事は教育の質を上げることに繋がるのでは?
x
2006/11/27 09:41
>xさん
あくまでこれは極論です(カギカッコ付きなのでお分かりでしょうけど)。もちろんxさんのそのような考え方もあるとは思います。

ですが、どのようにしたら悪い環境を正せるのかを解明するのはとても困難でしょう。恐らく、自殺という類稀な飛躍まで教育現場が面倒を見ようとするとなるとリソースが足らなくなるのではないかと思います(例えば、具体的には調査報告書の継続的な提出などが大きな負担になっていると先のテレビ番組では現場の方がおっしゃってました)。

また、なんせ日常的に接してるはずの家族や友人でさえ兆候を察知できないのですから(いじめが絡んでない場合の多くでも)、教師にそれを要求するのも酷な話です。こんなわけで、僕個人としては、関係各所であまり自殺自殺と騒ぎすぎてもメリットが無いのではないかと考えています。

もちろん、このカギカッコ内のような主張がテレビなどの媒体で発表されることがあってはなりませんし、当事者となったら冷静ではいられないはずですが、心のどこかに現実的である種の割り切った見方を置いておくのも良いのではないかと思う次第です。
エキタイ
2006/11/27 10:18
一応補足致しますと、表に出さずとも、現実的なリスクマネジメントの考え方が共有されていた方がメリットがあるのではないかということです。実際には共有されているかもしれませんが、あまりそのようには思えないため、ちょっと書いてみました。
エキタイ
2006/11/27 10:27

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