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<<   作成日時 : 2006/06/09 22:26   >>

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世の中には色々な勝負があります。勝ちとか負けとか厳密な定義はさておき、勝負という概念が人間にはあるようで、様々な物事の中にそれを見出しています(動物にも似たようなものがあるかも)。恐らく、格ゲーも勝負事です。

しかし、勝負について考えてみると、勝負らしいものと、それからは離れるものがあることがわかります。諸説あるとは思いますが、僕にとって最も勝負らしいものは戦争です。やるからには全員で命を賭けて勝たないといけないところ(失うものは甚大)や、あらゆる点でのスケールの大きさなど、他の勝負とは大きく違います。細かいことはさておき、勝負の原型とも言えます(野球とかは明確に戦争をモチーフにしてますね)。

前置きはこのくらいにします。つい最近、こんな本を読みました。

大空のサムライ〈上〉死闘の果てに悔いなし大空のサムライ〈上〉死闘の果てに悔いなし
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坂井 三郎

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格ゲーをやってある程度キャラを動かせるようになると、あたかも自分が凄いかのように錯覚してしまいますが、戦闘機の操縦などと比べたら圧倒的に大したことがないとよく分かります(自動車でも何でもそうでしょうけど、戦闘機ってのはとにかく表現のしようがないほど)。これ以上は僕が書いても説得力がないから、ぜひ読んでみて下さい。様々なことを教えられます。買うのが面倒なら、本屋で見かけたときに、下巻の後書きだけでも立ち読みしてみて下さい。

後書きより二節引用します。

「人間の持って生まれた先天的性能というものは、何万分の一と言われるような天才や奇人は別として、私たちのような普通の人間は、ほとんど同じだと私は考えている。しかし、人間の後天的な性能というものは、その人の環境や職業、生命の危険に遭遇する危険率、その他いろいろ自己にかかってくる外力と闘う必要にせまられた場合には、自分では考えてもいなかったような力が出るものである。その力も、日頃から考えて、その必要に応ずるための訓練を、たゆまず行った場合は、さらにその力を向上させることができるものである」

「私は思う。普通の人間と言われる大部分の人たちが、果たして生まれてから自然に死んでゆくまでの長い期間に、自分が持って生まれた人間としての性能の何パーセントを使って、この世から去って行っているのだろうか……と。私は、平均三十パーセントくらいだと考えている。あとの七十パーセントは捨てているのである」

格ゲーにおいては「プレイヤー性能」とか「パイロット性能」なんて言葉を使うこともありますが、本物のパイロット対して失礼にも程があります。たとえ話だから仕方ないとはいえ、格ゲーのそのパイロットとやらは、ただ時間を消費して現実逃避しただけの何物(何者)でもありません。格ゲーなんぞはどんだけやったところで、「人間としての性能」の1%さえも使わないと僕は言い切れます。頭脳も感覚も何もかもほとんど使いません。身体は痛まないから忍耐力のごときものも必要ありません。ただ形だけの勝負があって、その快感を享受できるだけに過ぎません。そんな環境に身をおいていたら、自分の伸びしろがどんどん小さくなるだけです(前にも書きましたが、同級生と格ゲーに溺れた自分を比べたときの差を見ただけでも明らか)。

ところで、意外なことに、この坂井さんには、様々なコンプレックスからの開放を求めてパイロットを目指した節があります(上巻の最初の方にあります)。スピードへの憧れからだったそうです。誰でも必ず人生を決定付ける局面に出会うものですが、そこで逃げるか現実と向き合って前に進もうとするかの2者には大きな違いがあります。こういうのは運の要素もありますけど(実際、運が良かったとしきりに強調しています)、できるだけ後者でありたいと僕は思います。

久々にエネルギーを吸い取られるような本を読みました。過酷な空戦の状況にのめりこんでしまったせいか(地上とは違い、上空では、あらゆる能力が低下する中でなお脳みそをフル回転させて全身で戦う必要がある)、親には「アンタ顔が赤いけどどうしたの?」と言われてしまいました。生理的な変化まで生ぜしめる本というのは中々ありません。最近は「戦争」と付くだけでヒステリックに反応する人が多くいるようで、学校教育でも悲惨さとか平和に焦点が当たりがちですが、命を賭けて戦った人がいるからこそ平和があるわけで、戦いとそれに向き合う精神にも、もっと焦点が当たっても良いと個人的には思います。

注意:
この記事で僕は戦争と戦闘をごっちゃにしてますが、戦争における戦闘について主に述べているつもりです。

参考:
Wikipediaより「坂井三郎」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E4%BA%95%E4%B8%89%E9%83%8E

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
私とは勝負というものの捉え方が全く違いますね。
私は単身での勝負、つまり1対1の生きるか死ぬか、が勝負だと思います。
自分の全てをかけて戦い、勝ったものが生き、負けたものが死ぬ。これが勝負の原点だと考えます。
被害が甚大だとか、全員が命を掛けるだとかは、あとから生まれる問題であって、それは全体意識にほかなりません。その際の勝利とは、決して自分だけの勝利ではないのです。全体的な勝利の一部分が自分であるわけで、重さが違うと思います。

まぁ私は幼少時から剣道をやっているのでこういう考え方になったのかもしれません。個人の競技なので、失敗は全て自分の責任になります。人の失敗が勝敗を狂わす事は有りません。
剣道はスポーツ化した殺し合いです。私はいつも試合では相手を殺す気でやってます。すると不思議な事に、普通の心持ちで試合するのとでは全く質が変わるのです。

別に液体さんを否定してるわけじゃないですよ。
煙突
2006/06/10 06:10
>煙突さん
僕も基本的には煙突さんと近いところにあると思います。書き方が悪かったので、補足してもらえてありがたいです。その生きるか死ぬかで本当に死ぬかどうかというのが結構大きいと僕は考えてまして、その関係で戦争における戦闘を扱いました。

僕はそういう武道の経験がないのを今凄く後悔しています。この本、できれば煙突さんに読んで頂きたいと思います。多分、気に入ってもらえます。
エキタイ
2006/06/10 06:27
>煙突さん
更に一応補足しておきますと、純粋な1対1より、多の要素が背景にある真剣勝負に僕は心惹かれる(それこそ勝負らしいものだと思う)といったところです。この辺、捉え方が違うといえば違いますね。

煙突さんのような経験者の方にコメントしてもらえてありがたいです。
エキタイ
2006/06/10 06:47
武道は殺し合い精神でやるものではないと
思います。殺し合い精神で望みたいなら剣術をやるべきでしょう。

少なくとも武道に携わる事は
殺し合いの側面を否定した所にある勝負を
する事だと自分は思っています。

もし、気持ちの上で魂の取り合いを
望みたいとしても、相手側が殺す気持ちで来てくれない限りは意味ないですよ。
片方だけが殺す気なった所で、それは真剣勝負とは程遠いものです。
名無しですいません。
2006/06/10 10:36
>名無しさん
コメントありがとうございます。経験者の方でしょうか。

僕からしますと、生き死には別にして(それでも意識はしたい)、自分の身体を徹底的に追い込むような経験をもっと若いうちにしておきたかったということです。それと、名無しさんの意見を踏まえたならば、武道より武術と言った方が適切かもしれませんね。
エキタイ
2006/06/10 17:52
エキタイさんが武道を真剣にやっていたらどこかしら体を痛めて後悔していたと思いますよ
武道でなくとも何のスポーツでも真剣にやると結構な割合で障害を残しますので

格ゲーにおいては「プレイヤー性能」とか「パイロット性能」なんて言葉を使うこともありますが、本物のパイロット対して失礼にも程があります。たとえ話だから仕方ないとはいえ、格ゲーのそのパイロットとやらは、ただ時間を消費して現実逃避しただけの何物(何者)でもありません。

何故飛行機の操縦者とゲームで遊んでいる人が比較されているのですか?
ゲームのパイロット性能はガンダムから来たと思いますが

エキタイさんの文章からはゲームに対する恨み憎しみが感じられるのですが
自分の現状の不満の責任はゲームにあると思っているのですか?
k1
2006/06/10 23:20
>k1さん
スポーツはそういうものじゃないでしょうか?

ガンダムから来たというのは僕はガンダムを見たことがないので分かりません。普通に考えれば普通のパイロットでしょう。同じパイロットと言ってもあまりにも差があるというだけに過ぎません。散々繰り返してるように、ゲームは本当に現実のほんの一面しか反映していないという以上のことは述べていません。

最終段落について失礼を承知で言いますが、k1さんはどうもポイントを外していると思います。僕の周囲でももちろんこれに関しては賛否両論あるのですが、さすがに、k1さんのような解釈をする人はいないため困惑しております(ただの煽りでしたら申し訳ありません)。
エキタイ
2006/06/10 23:37
k1さんは、ゲームの挑発ごときで殴るなどの蛮行をなさるくらいですから、スポーツをケンカと同等に捉えているんじゃないかと勘ぐってしまいます。そもそもスポーツでそんな確実に障害を残すという意見は聞きませんし。

パイロットと聞けば、誰だって飛行機の操縦者を想定しますよ。そのような意味の言葉として、本来体得しているはずですからね。ガンダムのことが第一に思い浮かび、それこそが原義であると主張するのは、k1さんの考え方が、ゲームに偏りすぎているのではないでしょうか。

まだあなたもお若いのでしょう。中高生くらいかな? 物事を論理的に考える訓練を積むとよいですよ。ちょっと賢くなったつもりでかみついたって、今のままではすぐに見当違いな方向に行ってしまうんですよ。なぜこのように言われてしまうのか、まずはじっくりと考えることから始めてみましょう。
タナカ
2006/06/11 00:32
>タナカさん
k1さんへ、ということでよろしいでしょうか?とりあえずこちらからのコメントは、k1さんの反応を待ってからにします。
エキタイ
2006/06/11 02:02
そうですね、先ほどの書き込みは、k1さんへあてたものです。
タナカ
2006/06/11 03:09
>ななしさん
勿論そうでしょう。しかし、武道一般の原点は生死をかけた殺し合いです。その精神を捨てて試合に臨むのは、勝負の本質を無視しているのと同じことではないでしょうか。

(明治までは剣術という。柔道も柔術とされており、現在とは全く異質なものである。現在は正に形式化されたスポーツである。)

そういった心持ちで試合をすると、緊張感が全く違ったものになります。見えるものが変わり、音すらも変わって聞こえます。当然読み合いだって生じます。極端な話対峙すれば大体強さも分かります。
相手も私と同じ勝負の場に立っているわけですから、真剣だろうが無気力だろうが関係有りません。
こちらの全てをぶつけるだけです。

決して闘争心を剥き出しにしてコロセ!と言ってるわけじゃないですよ。当然分かってると思いますが・・・




煙突
2006/06/11 21:24
>エキタイさん
柔道の経験はあります。
剣道に関しては、身内がやっていた程度の繋がりしかありません。

>煙突さん
煙突さん自身が試合の時、殺す気で向かうには
一向に構いませんよ。モチベーションの
上げ方は人それぞれでしょうから。

ただ、武道の原点は殺し合いでしょうが
武道の目指すものは決して殺し合いなどでは
ないので、それを一緒にするような物言いは
出来るなら止めて欲しいです。

先人が何故、殺し合いを武道というものに
昇華させたのかを考えると、「殺し合い」なんて言葉では軽く口に出せる物ではない
ないと自分は思っているので。
名無しですいません。
2006/06/11 22:21
読み難いので書き直します。

>煙突さん
煙突さん自身が試合の時、殺す気で向かう
事自体は一向に構いませんよ。
モチベーションの上げ方は人それぞれ
でしょうから。

ただ、武道の原点は殺し合いでしょうが
武道の目指すものは決して殺し合いなど
ではないので、それを一緒にするような
物言いは出来るなら止めて欲しいです。

先人が何故、殺し合いを武道というものに
昇華させたのかを考えると、「殺し合い」
なんて言葉は、軽く口に出せる物ではない
ないと自分は思っています。
名無しですいません。
2006/06/11 22:27
>名無しさん
このあたり僕がこれまで調べた限りでも色々で、敵愾心を高めに高めた先に別の澄み切った境地に至ると述べている人もいたと思います。

それと、煙突さんの発言を見たとき、決して武道と殺し合いが一緒であるとは述べていないように思えます。原点が殺し合いにあること、殺す気で行くことに意義があること(緊張感について主に触れられています)の2点以上はこの書き込みから見出せません。

煙突さんの書き込みを見て、武道と殺し合いが全く等しいもので今においても一緒であると見做す人は恐らくいないと思います。これ以上は個別に連絡を取るなどして頂ければ幸いです。

>煙突さん
言わんとしてることは理解できますが、傍から見る限り、齟齬があるようです。名無しさんにも当てたように、武道に関しての議論をこれ以降もずっと続けられる場合には、個別に連絡を取って頂くようお願いします。
エキタイ
2006/06/12 03:12
人のブログで色々展開してしまい失礼しました。
言わんとした事は通じたので結構です。
ななしさんの言う事も私は頭に置いてますし、理解しているつもりです。ご心配なく。

負けたらそれは死を意味するんだぞ。ということを
人は忘れがちなので、そのことを指していたのです。

これで終わります。

煙突
2006/06/12 06:13

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