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zoom RSS ギリシア名言&書評

<<   作成日時 : 2006/06/16 00:26   >>

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前に、こういうことをやっていると本を紹介してくれる人がいてありがたいと書きました。このところの膨大な暇を利用して、紹介して頂いたものをまた1冊読むことができました。

その前にギリシアの格言で気になったものを一つ。どうも、感想を伺ってみるとゲーマー批判が入っていないと物足りないという意見が多くあるのです。ゲーマー批判と言っても、自分と意見をくれる周りの友人くらいからしか取材できないから難しいのですが、ゲーマーに戻ったつもりで自分自身を批判することにします。

・氷をつかんだ子供―耀く霜のおりるころ、子供たちが固い氷を両手につかむ……しまいには、冷たくて持っていられない。とはいうものの、手放すのもいやだ。
ソポクレス 『アキレウスを愛する男たち』より(柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』参照)

何か楽しいことが起こるような気がして夜起き続けるのと一緒です。こういうことが紀元前から言われてるんだから面白い限りです。氷が冬にしかなかったせいか、今掴んでいないと幸せを逃すような恐れを子供たちは抱いたのでしょう。でも、氷を持っていたって何もないし、無理して徹夜してても普通は何も起きません。格闘ゲームも最初の盛り上がりだけで、後は氷や夜のように消えていくと僕は思います(現に消えかかってますから)。

ここからは書評(読書感想文寄り)です。

SONYの旋律SONYの旋律
大賀 典雄

日本経済新聞社 2003-05-10
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ソニーと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、「井深」、「盛田」、「大賀」の3人でしょう(今は「クタラギ」もあるかな)。この伝説的な連携はしばしば成功物語の代表例として語られます。ソニーは批判もされますが、やはりその影響力は凄いものがあって、家の中を見たら彼らの関わったものが必ず1つはあるくらいです。ゲーマーだとしたらアーケードでもゲーム機でもスティックでさえもソニー無しでは成り立ちません。万事につけてそんな感じです。

僕が多少知っているのは「井深」、「盛田」で、大賀さんは芸術家でありながら経営者感覚も持った人くらいの印象でした。しかし、自伝によると技術に関してもかなりの知識があったらしく、全く驚きました。録音スタジオを設計してしまうなど、並大抵ではありません。

ところで、僕が生まれたのは1982年11月で、丁度CDプレイヤーが発売された直後です。思い返してみると、3歳になる前には既にアパートの片隅にCDがあったので、父親は敏感であったことが分かります(レコードももちろんありました)。残念ながら幼少時のアホな僕は音楽に興味を示さなかったのですが、このあたりの教育も試みたと見受けられます。その他、僕を技術者にしたかったのか、彼はしきりに電子機器に触れさせ、時には「俺の半田付けはNASAも太鼓判を押したほどだ」などと言いながら半田付けを教えたりもしました(なわけで、僕も無駄にテクニックだけは持っています)。彼は他にも、ことさらにアンプをゼロから作る姿を見せたり、秋葉原のラジオデパートへと僕を連れて行ったりもしていました。

意外なことに、これらのエピソードと極めて類似するものがこの本の中で語られていました。もしかすると、父親は大賀さんへの憧れをかなり抱いているのかもしれません。子供にもそうなるように仕向けたんじゃないかとさえ思えます(残念ながら、僕はまるでそれとは正反対なんですけどね)。今度聞いてみるつもりです。そうしてみると、彼が僕の任天堂製ゲームへの熱中を嘆いたのも納得できます。格ゲーも然りで、この手のものに触れさせてはならないと思ったことでしょう(ちなみに、ソニーと任天堂の確執についてもこの本で語られています)。

こんな自分語りをしても無駄だから本の話に戻ります。この本で圧巻なのは、大賀さんの仕事への取り組みぶりです。仕事となるとどうしても自分が取替え可能な歯車になるようなことを連想します。実際、これがリスク管理においても大事で、常に代替機能を用意するのが当然です。しかし、どうも世の中そうでもないらしいのです。勿論、他人との協力は必須ですが、一人で動かせるものが時には国家や世界のスケールにまで及ぶことがあるのだと大賀さんは証明しています。社会の一部分になるのが嫌だという人、案外そうでもないかもしれませんよ?

一つ気になったのは語り口です。ややずれますが、学者の世界では、年老いてくると、ボールを遠くに投げるかのように次の世代に繋げることを意識したものを書く風潮があるらしく(この前に死んだオリエンタリズムの人とかも)、急にトーンが変わることがよくあります。世界が違うとはいえ、大賀さんも歳のせいか、まるで遺書じゃないかと思える箇所が幾つもありました。まあ僕も拙いながら、格闘ゲーマーとしては死ぬにあたって、「もっと大きなゲームのが面白いんじゃない?」みたいなことを書いてますから、人間が何かから離れる際に共通して見られる現象なのかもしれません。

こうして人や物事を褒めると僕らしくないから、最後にロシュフコーの箴言を一つ引いておきます。

「われわれが他人の美点を誉めそやすのは、その人の偉さに対する敬意よりも、むしろ自分自身の見識に対する得意からである。だから他人に賛辞を呈しているように見える時でも、実は自分が賛辞を浴びたいと思っているのである」(143)

参考:
夜とゲーム
http://liquidmetal.at.webry.info/200605/article_14.html

似た人
http://liquidmetal.at.webry.info/200606/article_21.html

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