続Super Game Page ―悪徳の栄え―

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zoom RSS 母親とゲーム

<<   作成日時 : 2006/06/24 00:44   >>

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祖父と父親のことは書きましたから、母親をテーマに何か書こうと思います。

まず、生物は本質的にマザコンです。これは否定のしようがありません。特に、男の場合、「母親からの遺伝子を強く受け継ぐゆえに女よりもマザコンの度合いが強い」と言われることがありますが、僕もそう考えることに賛成します。大体、仮に親がいなかろうとも、子宮の中にいた事実だけはどうやったって隠せません。そこへの愛着を感じないのはおかしな話です。こうしてみると、大地のなかで生きる人間が「母なる大地」なんて表現を生み出したのも、必然的なのかもしれません。

僕にも人並みかそれ以上にマザコンである一面があって(一人っ子ですしね)、そのことを自覚しています。自覚した上で関わるのは悪徳であり、健全ですからあまり誤解のないようにお願いします。言い訳はこれまでにして、母親との会話を紹介します。

「(『遊んでばかりいるなら学費を返せ』と言われて)アンタは俺がどこから産まれてきたと思ってるの?妊娠したと分かった時点で、学費の概算くらいできるだろ。それともそんなに無計画だったのか?だとしたら自分を恥じてくれ。返すとしたら、大学までの学費を払うのは普通という判例もあるし、アンタも実際そう言ってたから、大学院以降の分だ。今すぐ計算してリストアップしてくれ。来年から利息つけてきっちり返す」

「(『体調が悪くて死にそうだ』と言われて)そう。子供はもう育ったしアンタの役目は終わったからいつでも結構だよ。仕事を始めてからでは時間が取れるか分からないし、今の方が都合が良いね。それに、今なら『まだ若いのに』ってみんなが悲しんでくれるんだから最高でしょ?」

まあこういうことは親不孝と言って、時々、彼女は祖父に泣き付いていたりします(実際に泣くわけではないよ)。とはいえ、それでも僕は彼女の家事、炊事などなどのことや、母親としての役割の遂行に関しては何よりも敬意を持っていますので、トータルではバランスが取れているのです。こうなってしまったのは、「コレはコレ、アレはアレ」という家庭環境で育てた彼女の責任でもあるから諦めているようですけどね。

ですが、この性質は役に立っています。例えば、授業時間をダラダラと延ばして他人のゼミが使用する教室を速やかに開放しないような教授に対しても僕は「時間厳守で頼みますよ」と言っては笑ってしまいます。言いたいのに言えないでいるその壁をぶち破るのが快感だから仕方ありません。ただし、その際には必ず全面的に筋が通っていることを重視します(筋を通さず言うのは愚劣極まりないし、そう気付いたら必ず謝ります)。しかし、もし本当に論理を愛する大学教授だとしたら「申し訳ない。その通りだ」と言ってくれて良いはずなのに(言ってくれる人も多くいますよ)、まず言い訳から入るような教授もいやがるのです。さすがにこれにはうちの教授を含めたゼミのメンバー全員で呆れてしまいましたが、僕が言ったことでスッキリしたようなので、嬉しい限りです(当然、僕自身も、筋の通った批判に対しては「その通りです。忠告ありがとうございます」と返しますよ)。もっとも、こう言えるのは、「なぁに、あの教授にどう思われたって今年でオサラバだし俺の人生には微塵も影響がない。大体、筋が通ったことを言われて受け入れられない性質じゃ学問研究には向いてないよ。そういう奴だって分かったんだから良いじゃないか」って悪徳の心理があるゆえでもありますから、ズルいと言えばズルいですね。このズルさをコントロールする術を教えてくれた母親には感謝しています(「母親なんだから全面的に従え!」とは強制しなかったおかげだと思います)。

親の話はこれくらいにしてゲームに行きます。澁澤龍彦流にゲームやゲームセンターを考えると、恐らく、「全てを無条件に許し、求めば与えてくれるゲームとゲームセンターという空間は、さながら子宮のごときものである」となります。彼は何でも子宮と見做していましたから、多分こう言います。こう突き放して並べられるのには、彼が僕と同じようにお母さんと関わっていたからじゃないのかな、と推理したりしますが、多分、当たってます(当たっているだろうと考えながら推理したいという僕の心理の投影でもあるでしょう)。

ゲーマーがもし「ゲームを本当はやめたいし、もっと色々なことをやりたいんだけど……」と思いながらゲームをやっているのだとしたら、僕ならば、その裏に、強くねじれて解き放ち難いマザコン心理を感じざるを得ません。僕自身がゲームをやっていたときのことを振り返ると、こんな心持だったからです。確かに、ゲーマーは通常、経済的にも親からは自立してない場合が多いので(それは、稼ぎながらゲームをしていては強くなれないこともあるゆえ)、精神的に自立してないと考えても不思議ではありません。というより、きっとそうですよね。経済的に自立する見通しが立って始めて僕も親離れできたわけで(同時にゲームからも離れました)、このように考えることは僕にとっては極めて自然です。

ここからは僕の妄想から生まれた提言?です。ゲームに逃げてしまっているのが嫌だという方、昔の若者が学生運動のごときものに傾倒したのと同じく、ゲームにはまってしまうのは仕方ないと一端諦めて、そのことを忘れましょう。で、その上で母親と1対1で何百時間でも話し合ったら良いと思います(既に亡くなられている場合は、申し訳ありませんが、何も言えませんのでここで読むのを止めてください)。そうした上で、母親があなたをいつまでも無条件に可愛がることを希望し、それに同意するなら(母親と運命を共にするなら)、胸を張ってゲームでも何でもやれば良いです。逆に、やっぱり親はいつか死ぬのだから自立すべきだと思ったら、妥当な見通しを作り上げましょう。そうしたら、きっとゲームなんかどうでも良くなるはずです。ただ、「母親≒ゲーム」と考えるならば時々は思い出すのも健全です。1ヶ月に1回くらいは、母親のことも、ゲームのことも考えてあげましょう。そうしたら、昔好きだったオモチャのように両者が愛らしく思えてくるんじゃないでしょうかね。ま、こんなことは聞き流して頂いて結構だから、ここらで終わります。


参考:
本当に楽しんでる?
http://liquidmetal.at.webry.info/200605/article_9.html

『悪徳の栄え』
http://liquidmetal.at.webry.info/200605/article_20.html

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