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zoom RSS たまたま見つけた人

<<   作成日時 : 2006/07/23 09:44   >>

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こういう人っているんですね。僕は絵がよく分からないから、直接見てもどれだけ感動できるか分かりかねるんですけど、タイトルや説明文を見ると惹かれます。

松井冬子
http://www.theway.jp/fuyuko/

絵筆 感情伝える体の一部
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/interview/suteki/20051208ok07.htm

何をするにも人間探求とか人間性理解なんて目標が掲げられることが多いわけですが、では、その手法として何が適切かというと、僕は芸術だと思っています。結局、人生なんて上手く生きても70年程度しかなく、僕は既にその3分の1を過ぎた状況です。ついでに、睡眠とその他で人間は3分の2を消費し、真っ当に活動できるのは残りの3分の1だとも言われます。こうして考えてみると、僕の余命が50年弱あるとしても、何かを為すためには、歴史に照らし合わせてみたとき、科学などでは不十分な期間であることが分かります。対して、多分、芸術はその目的のための一番の近道になりえます。それが、芸術信奉の理由です。

どうせ死ぬとは言っても、あまり未練を残した状態で死に直面すると大変な苦しみを伴います。こんなことは昔から言われてる上に研究結果も随分とあります。僕も同じようになるに決まってます。また、後悔ではなくもうちょっとポジティブに明日のなんちゃらを夢見て死ぬってのは素敵ですし、乱世において礎となるのも魅力的ではありますが、僕は欲張りだから自分で何かを達成してみたく、ついでに平穏無事な環境に恵まれているゆえに、それを選択しても問題ない状況にあります。ならば、残り50年弱で何か一つくらい、それなりに立派な完成品を作ることを目指すのが楽しかろうといったところです。

話が逸れました。一応、こういう考えを持っているゆえに、当代一流の芸術家の方々には多大な尊敬を抱いています。人によっては、そんなもの全て自分が死んだら無意味だとする立場も取りうるでしょうけど(典型的なニヒリストなど)、僕は、そこまでは行かずにずっと踏みとどまり続けると思います。でも、そこまで行って自殺することもあるかもしれません。ま、それにしたってあと10年やそこらってことはないから、普通に死ぬのと変わらないですね。それに、自殺ってのはとにかく親族(親戚など含めて)などに色々な手間を掛けさせることになるからやっぱり選びません。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
日記とは内容が違ってすいませんが
闘劇魂3って本を購入しました。
パンフの時と同様に誤植があったり
して萎えました。
某ゲームセンターや闘劇の
ホームページもそうですが、更新が
いい加減な上に間違えがあったりで
驚愕します。
芸術には純粋に感動しますが、格ゲー
の世界は盛り上げるなどと上辺では
綺麗事を言いつつ中身のいい加減さに
ある意味感動しますw。こんな本を
人様に売る神経が分りません。
CHO
2006/07/23 13:30
>CHOさん
僕は購入していないので分かりかねますが、世の中、適当な本は幾らでも溢れていますし、誰もが真面目な内容を期待するわけではありませんから、それはそれでよいのではないかと思います。むしろ、こうして話題になるのならば、そんなに悪い買い物でもなかったのではないでしょうか。
エキタイ
2006/07/23 18:52
補足致します。

ゲーセンでのゲームプレイと違って、このような書籍などは状態が良ければそれなりの値段で売却できますから、早く売却するのも手ではないかと思います。
エキタイ
2006/07/23 19:15

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